まず、オニが、基本となるポイントで目をつむって時間を数え(三十~五十秒ぐらいが一般的)、その間にオニではない者は各所に隠れる。時間がきたら「もーいいかい?」と大声で尋ね、もし「まーだだよ」ならばしばらく待ち、「もーいいよ」と答えが返って来るか、何も返って来なかったらゲーム開始。そして、公園のどこかに隠れている人が、オニに隠れ場所を見つけられたらアウト、オニに見つけられる前にポイントにタッチをすればセーフだ。隠れている人全員の探索の終了後、アウトになった人がジャンケンをして、それで負けた人が新たなオニとなり、ゲームは続いていく。
これがかくれんぼの基本的なルールだが、我々は、これに「オニは、隠れている人を発見したら、その人の名前を叫びながらポイントにタッチしなければ、アウトにならない」というローカルルールを付加してしていたため、さらにエキサイティングな遊びとなっていた。
かくれんぼのおもしろさは、何と言っても、狭い児童公園という限られた場所内で、いかにオニの捜索の手が入らない隠れ場所を見つけ、いかにオニの監視の目をかいくぐってポイントにタッチをするかというスリル感にある。まるで、自分がスパイになったかのような高揚感。ただ走り回るだけのオニごっこや、ただ殴り合うだけのチャンバラとは、遊びの質が異なるのである。
一方、オニの方にも、隠れている者を探し当てるという探偵のようなおもしろさがある。オニも、オニ以外の者も両方が楽しい。これほど完成されたゲームは少ない。
かくれんぼは、体力ゲームであると共に知的ゲームでもある。まず第一に、決してオニに見つからないような隠れる場所を探さなければならない。さらに、隠れるだけなら簡単だが、それにオニの動向を監視し、ポイントに向かって最短距離で走ることのできる場所という、二つの条件を兼ね備えなければならない。しかし、この三条件は互いに相反することなので、最適の場所を手に入れるのは至難の業だ。もっとも、その手の場所は、何度かかくれんぼをすることによって、オニ側にも知られた最警戒ポイントとなるので、絶えず隠れ家の新規開拓が必要となる。
オニの裏の裏をかくことが、このゲームの必勝法である。この経験は、実生活でも何ら変わることなく応用が可能だ。
このように、簡単そうに見えて非常に奥の深い遊びであるため、子供達の中には時々、「かくれんぼ名人」と呼ばれる人々が出現した。彼等は、常にオニより早くポイントにタッチをするので、なかなかオニの出番が回ってこない。こればかりは、回数をこなして上手くなるという類のものではないため、やはり才能の問題なのだろうか。
幼稚園からの友人である卓郎も、そんなかくれんぼ名人の一人であった。
彼は、隠れ場所を探す天才だった。誰も想像しない場所に身をひそめては、オニが全員を見つけられずに試合放棄すること、いわゆる「降参」を幾度と引き起こした。例えば、高い木の上に登ったり、林の落ち葉の中で息をひそめたり、オニの動きを読みきって目まぐるしく公園内を移動し続けたりと、その枚挙にいとまがなかった。
一度、全員で探しても見つからなかったので、卓郎を公園に残したまま、勝手に帰ってしまったことがある。
ある日、卓郎は、十回連続セーフという新記録を達成した。しかも、毎回、オニがポイントから離れた隙に一番でタッチをするという荒業。皆が散り散りになった最後に隠れ、最初にセーフになるため、彼が一体どこに隠れているのか、誰にも分からない。
どこかポイントに近い所に隠れているのは確かだが、オニはポイント近辺を最初に捜索してから持ち場を離れるというのが、かくれんぼのセオリーであるため、とてもそうとは考えられなかった。
卓郎に聞いても、企業秘密だからと教えてくれない。
そこで、最後にオニになった私は、目をつむって時間を数えるフリをしながら、薄目を開けて卓郎の動きを見守ることにした。当然、反則である。
彼は、他の隠れ人が遠くへ走っていったのを見届けてから、ゆっくりとポイントのすぐ側にある砂場へ向かった。砂場では、幼稚園児ぐらいの小さい子供が三人ほど、砂遊びをしている。距離にして五メートルほどだ。
砂場に到着した卓郎は、おもむろにジャンバーを脱ぐと、それをひっくり返した。俗に言うリバーシブルタイプで、外側は赤いが中身は茶色。彼は、色の変化したジャンバーを羽織ると、どこに隠し持っていたのか、黒い野球帽を取り出して目深に被った。
そして、驚いたことに、卓郎は私に背を向けるように腰を下ろすと、三人の子供と一緒に砂山作りを始めたのだ。
その光景は、あまりにもありふれた公園風景とマッチしており、全く違和感がなかった。誰がどう見ても、幼稚園の子供の砂山作りを手伝っている近所のお兄さんであり、かくれんぼ参加者という雰囲気はどこにもない。つまり、よほど注意をして見なければ、決して目に留まることはなかったのである。
きっと、私が近くを通り過ぎても、卓郎だとは気付くまい。
木の葉を隠すなら森の中。なるほど、世に紛れるという意味では、これも立派な隠れる技術であろう。
オニの裏の裏をかくことが、このゲームの必勝法である。この経験は、実生活でも何ら変わることなく応用が可能だ。